1人息子とのドタバタな毎日の記録♪

by isaisa0108

ドブログニクへ

今日がツアーの最終日、というかこれで英語ガイドさんの通訳するのも最後の日。あー、きつかった。。久々だもの、英語ガイドさんの通訳は。ここんところずーっとインドやトルコやらで楽させていただいていたので。たまには必要だな、英語学習も。

今日はバスで2時間ちょっと走って国を越えてお隣の『モンテネグロ』へ。2006年5月(ってついこの間)に独立した旧ユーゴスラビアの国。大きさは福島県と同じくらいらしく、通貨はユーロ。モンテネグロには世界遺産が2ヶ所あって、今回はそのうちの一つ『コトル』という街を訪れました。
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今日も快晴、時計も正確、山もばっちり
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街の入り口の門。コトルの街も城壁でぐるりと囲まれているんです

ガイドのブランカさんの説明を訳しながら街を散歩。教会を見たり、立派な宮殿跡を見たり、正教会の教会に入ったりしたあとはフリータイム。街の広場に出ているカフェでお茶を飲んで過ごしました。あー、幸せなひと時よ。。。
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広場の後ろには山が迫っていて、小さい教会や要塞が残っています
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街の広場。みんなの憩いの場所さ。犬ものんびり昼寝をしていました
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外から見るとこんな感じの街、コトル。頑丈な城壁でオスマントルコやベネチアの侵入から街を守ろうとしたそうです

きれいな湾に沿ってドライブしながらドブログニクへ戻りました。Zzzzzz  おっと、また睡魔が。
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遠くから見た世界遺産の街『ドブログニク』。
遅めのお昼ごはんを旧市街のそばで食べました。今日のメニューはシーフード・リゾットでーす
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ここドブログニクは91年から92年の戦争でほとんどの建物が壊されてしまったんです。91年12月6日には何と2000発以上の砲撃が街に撃ち込まれたそう。そのため多くの人が亡くなり、家が焼かれ、世界遺産であった街は見るも無残な姿になってしまったんです。戦争が終わり平和な世の中になってユネスコからの援助金や住人の人たちの努力もあって、ほぼもとの姿に。街を歩いているとそんなことが今からたった15年前に起こったとは信じられません。みんな明るいし「さようならー」って声をかけてくれるし(なぜかいつも「さようならー」なのよね。「こんにちは」は難しいか?)。みんなとっても明るいの。でもガイドさんが言ってました。「今はこうして平和が戻ってきて町並みも元に戻ったけれど、あの悲惨な戦争のことは忘れることがないでしょう」って。そうですね、その通り。

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これは聖フランチェスコ修道会の壁。よく見ると弾の跡が。戦争の傷跡。
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91年から92年にかけての爆撃の跡が書いてある地図。こうやって戦争の悲惨さを伝えていこうとしている街、ドブログニク
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平和な空を飛行機雲が...
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ドブログニクも頑丈な城壁で囲まれています。1周約2キロなり

ドブログニクは周りが全部オスマントルコの支配にあった時代も、ずっと独立共和国としてその自由を守り通した国。ハンガリーやベネチアなどのリーダー格の国にお金を支払ってでも自由を得ようとした国。長いものに巻かれるふりをして、けっして巻かれることのなかった国。お手本になりますね、いろんな意味で。
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街のプレ門からメインストリートを見るとこんな感じ。大聖堂や修道院やクロアチア最古の薬局のあった場所や旧税関、総督の館、旧港が並びます。大聖堂の中にはあのイタリア人画家「ティッツイアーノ」が描いた「聖母被昇天」が主祭壇を飾っています。

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ドブログニクの夕焼け。明日は朝4時起きでドブログニク~ザグレブ~ミュンヘン経由で日本へ帰りまーす。クロアチア、スロベニア、モンテネグロどれもいい国だったよん。ごはんはおいしいし、人がすごく親切だったな。また機会があれば夏に来てきれいなアドリア海で泳いで見たい!フヴァ-ラ~(ありがと)!
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by isaisa0108 | 2006-11-17 06:08 | クロアチアほか